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【資料】私は自分に飽き飽きしているのです【OSHO】

質問

気づいたのですが 私は自分に飽き飽きしているのです。
何のジュースも感じません。
ありのままの自分を受け入れなさい
とあなたはおっしゃいました。
私は生を受け入れることなどできません
自分の内側に何らかの喜ぶが欠けているのに気づいているのに

OSHO

あなたは言っている

「気づいたのですが 私は自分に飽き飽きしているのです」

これはたいした発見だ
本気で言っているのだ

ごくわずかな人々が
自分が飽き飽きしていることに気づいている

彼らは飽き飽きしている
完全に飽きている
本人以外は誰もが知っていることだ

自分が飽き飽きしていると知ることは
大きな始まり
さあ その意味することが理解されなければならない

人間は退屈を感じることのできる唯一の動物だ

それは大きな特権だ

それは人間であることの尊厳の一部だ

見たことがあるかね?  
水牛やロバが退屈しているのを?

彼らは退屈しない

退屈とはつまり
自分の生き方が間違っているということだ

だから 

「自分は飽き飽きしている  
 何かが成されなければならない  
 何かの変容が必要だ」

と気づくのは大きな出来事となりうる

だから 
自分が飽き飽きしているということを  
何か悪いことだとは思わないように
それはよい兆候だ 
よい始まりだ 
吉兆だ

しかしそこで終ってはならない

人はなぜ退屈する?

人が飽き飽きするのは  
死んだパターンに従って 生きているからだ

それは他人に与えられたもの

そういったパターンを捨てなさい  
そうしたパターンから抜け出しなさい
自分に従って生きはじめなさい

真正な人だけが退屈しない

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