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【資料】少林窟道場 坐禅体験記(1/3)【津留晃一】

少林窟道場 坐禅体験記(1/3)

(集合人第4〜6号より)

【少林窟との接点】

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浄化の旅を始めた頃から、
折りに付け
禅に関する知識が断片的に入ってくるようになりました。

人と会話している時に、読んでいる書物の中に。
私が話をすると「禅もそうなんですよ」と
いろんな人が教えてくれました。

「へー禅って進んでいるんだなー」
とこんな生意気な考え方をしておりました。

一般人(私のこと)が見る坐禅は、
単に人が座っている
その外見しか捉えることが出来ません。
以前から頭使いの私は
「あんな事をして何が分かる」
こんな感覚で禅を見ていた
からです。 

そして私は自分なりのやり方で変わり続けていきました。
毎年毎年、毎月毎月、進むスピードは時とともに加速度が加わり、
猛烈に変化の旅を悦んでいました。

でもいつ聞く言葉も同じでした
「禅の本にもそう書いてありました」と。

「・・・えー禅ってすごいんだなー」
徐々に徐々に禅への関心が高まっていきました。
およそ精神世界に関する書物(禅を除く)には目を通してみました。
もちろんそれぞれに特長を持ち、
それぞれがどれも素敵に輝いていました。

多くの素晴らしい書籍から多くの叡智を受け取りました。
でも
これほど奥深いものがあったとは!!

とても素敵な導かれ方だと思いませんか。
私の禅へのアプローチの事ですが、
私にとって最も影響の強い物が最後までとって置かれたわけです。

最後に行き着くように
私には
禅に対する馬鹿にした考え方が始めに準備されていたわけです。

失礼な言い方ですが、
一番関心が薄かったからこそ後回しになったわけですね。

でも今回一週間の坐禅体験を終えた今、
私の人生シナリオで
最も理想的なタイミングで坐禅と出会った
ことが分かります。

初めてはっきりと「禅の本を今度読んでみよう」と想ったのが、
去年の10月の始ああめのことでした。

それまでも関心が高まってはいたものの
「そのうち読んでみよう」という程度のものでした。

それがなぜかその日は
はっきりとそう決めたことを記憶しております。

決めたその翌日。
シャーリーンのセッションの関係で、
セッション会場としてお借りしていた多賀谷君(チャッピーの彼TBさん)の家を訪れました。

ふっと多賀谷君の机の上に目が行き、
無雑作に置かれていた白い紙のレポートに目が止まりました。

人の机の上の物など手に取ったことはなかったのに、
その時はためらいもなく手が伸び
レポートに目を通し始めていました。

ぱっと見た瞬間「あっ、これを読んでみたい」と思い
座り込んですぐ読み始めました。

それはインターネットの情報をハードコピーした物でした。

多賀谷君に、
これじっくりと読んでみたいのだが借りていいか訪ねると、
自分はもう既に読み終わった物だからいらないと言う

何でも彼の会社の同僚が「多賀谷君これ読んでみな」と言って、
その4,5日前にポイと置いていった物なんだそうです

宇宙に委ねて今を生きていると、
実際物事は全てこのようにスムーズに運んでいきます。

早速家に持ち帰り、読み終えると同時に
「私もここへ行こう」と決めました。

それはある大学の教授が、
少林窟という名の坐禅の道場での9日間の坐禅体験記
だったのです。

そのレポートのヘッダーにあったインターネットアドレスを頼りに、
そのホームページにアクセスしてみました。

翌日、パソコンから入手した少林窟の電話番号を回しました。
やはり、想っていた通り、
直接道場主である井上希道方丈が電話に出られました。
まるで私からの電話を待っていたかの様に。

私が用件を告げたところ「お受けしましょう」と快く、
私の参禅を許可いただきました。

1分の無駄もない物事の進み方に
「ああ、これが私のシナリオなんだな」
と確信が湧いてきます。

過去に
「そのうち自分も坐禅をやってみよう」
と考えた折り、
自我はすぐさま
「5000以上の坐禅の道場があるというが、
いったいどこで、どうやってベストの道場を見つけられるだろう」
といった事を思ったことがありました。

全く禅とは縁もゆかりもなかったからです。
先のことを考えさえしなければ、
物事はこんなにもうまく運んでいくものです。

【少林窟1日目】

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12月23日、
前日まで個人セッションをやっていた
岡山のホテルグランビアを後に、
新幹線の三原駅に着いたのが12時頃でした。

そこから電話をし、1時半頃着くことを道場に伝え、
駅からの行き方の指示を仰ぎました。

娑婆での最後の食事を駅の近くで済ませ、
三原からローカル線に乗り、
三つ目の駅が忠海(ただのうみ)、なんと素敵な駅名でしょう。

その忠海駅からタクシーで五分の高台にある
勝運寺の裏手に道場がありました。

道場の木戸を開け、づかづかと奥へ入っていくと、
ちょうど昼食後の講話の真っ最中でした。

「津留さんこちらへいらっしゃい」
という老師のお言葉に、さっそく末席へ着かせていただきました。

既に着座していた4名の先輩求道者達は、
眉一つ動かさず静かに老師のお話を聞いておられます。

人の心の成長過程、そして自然に付いてしまう心の癖、
その成長過程で付いてしまった思考パターンによって
人は苦しんでいる。

私のこれまで体得してきた心のメカニズムをよりきっぱりと、
そして手短に、しかも真髄を外すことなく
的確に講話下さいました。

私が座ったとたん、
まさに私が聞きたかった事が
老師の口からすらすらすらすらと楽しげに出てきました。
私は話の途中からは入っていったというのに、
私の聞くべきところぴったりのタイミングで
私が少林窟に到着していたことが判ります。

もう嬉しくなって、私一人でうなずいて楽しんでしまいました。

講話の後、観石さんという尼さんが、
この道場での決まりや、座り方について
慣れた手つきで教えて下さいました。

最後は袴です。
初体験の袴、付けてみて判ったのですが、
あれはフレアー付きロングスカートでした。
スコットランド人がスカートをはくのをいぶかしんでいましたが、
何のことはない日本人も昔から付けていたんですね。

定員10名程度のこじんまりとした道場です。

「一呼吸、一呼吸を、一心不乱にやりなさい。

 呼吸の合間に腰をひねるように。

 人間の苦しみは、
 自らが創りだしている仮想現実の世界と、

 只ある真実の世界との境がはっきりしない事にある。

 この境目を見つける事が坐禅の一つの目的である。

 雑念の湧き出す瞬間を極めるのだ」

こんな老師の言葉を思い出しながら、
早速第1回目の禅定に入りました。

わくわく感の中で、期待を手放して
「とりあえず、只吐き、そして只吸ってみよう。集中して、丁寧に」

最初の呼吸は結構テンポのあるリズミカルな物でした。
一回、一回、吐いて、吸って、吐いて、吸って。
リズムに乗ってだんだん調子が良くなってきます。
「いいぞ、なかなかいいぞ。」
雑念は呼吸をコントロールする想念だけ。

足の痛みに意識が向かい始めたので
30分くらいで1回目は切り上げました。
でもこれですっかり雑念は出きったようです。
初めて「きんひん」というのをやってみました。

きんひん」とはゆっくりゆっくり歩く禅特有の歩き方の事です。
普段の10分の1くらいにスピードを落として、
胸の前で手を結んで、一歩一歩足の裏に意識を乗せて歩くのです。
一息の替わりに
一歩に集中する訓練です。

2回目からは、
やはり雑念が出ないように見張っている
限りは雑念は出てきません。
ですが明らかに
雑念を見張っている想念は確実にあります
だって見張りを立てないと雑念が出てくるのですから。

これでどうして良いのか判らなくなりました。

見張っていないと3分ぐらいたつと雑念が出てきます。

はっと気づいたときにはもう雑念がありますから、
雑念の出始めた瞬間には気づいていないわけです。

そして面白いことに気づきました。

「よしよし旨く行っている、雑念はないぞ」とか

「雑念の出る瞬間を見つけてやるぞ」

こんな雑念を制御するための想念には、
出てくる瞬間に気づける
のです。

明らかに思考上の区別なのですが、
雑念をコントロールする想念と、
コントロールされている雑念は、
出てくるレベルか何かが異なっていることになります。
出どこが違うことだけははっきりとしています。

見張っているのは私です。
ですから自分の想念ですから、出せばすぐに気づけます

見張りを止めたら出てくるコントロールされている雑念
自分の物ではないということになります。

そうなんです。
実はこれは後から判ることなんですが、
コントロールされる雑念とは、
過去の自分のものであったり、
未来からの物であったり、
誰か他人の想念と言うことになります。

今この瞬間の私の想念だけ
瞬間に
発見できるわけです。

夕食後老師にその事についてお尋ねしました。

「当然見張りがいたのでは、只の呼吸ではあり得ない。
 そのままもっと呼吸に集中して只続けていればよい。
 見張っているとは、意識が思考の中にあるということだ、
 考えながら呼吸をやっているという事だ」

との事でした。
なるほど、私は、
考え考え坐禅をしていたわけです。

思考の世界から出るためにやっているというのに、
これでは坐禅ではなく考え禅ですね。

これは正にこれまでの私そのものでした。
老師のたったこれだけの言葉に
「そうか」という頷ける物がありました。

そして実はそれがいつの間にか
どんな雑念、想念も瞬間に気づけるようになって来るんです。

これがどういう事かというと、
過去や、未来、その他の物が、
この一瞬という一点の中に折り畳まれて凝縮されてきた
と言うことです。

どうですか、これは凄いことでしょ。
自分の集中という力によって、
時間を空間を一点の中に納めてしまう
と言うことですよ。

無限の宇宙を一点に集約させる力
が全ての人間一人一人にあるという
精神的実体験を私はしたということです。

期待されるといけないので先に言っておきますが、
私はまだ完全に一点に納め切ったわけではありません。
ふらついています。
でも目標はハッキリと捉えました。
もう迷いません。
究極目標がいつでもハッキリ見えているわけですから、
もう道に迷うことはありません。
たとえ道からそれたとしても、
いつでもフィードバックが効くわけですから。
目標地点の地図が手に入ったようなものです。

夜の坐禅の最中に、
土壁のような物がこぼれ落ち向こうに
無限の空間が広がっているのが見えてきました。

ゆっくりと目を開け腰を静かにひねります。

この腰をひねるというのがこの道場の最大の特徴です。
ただただ最終目標に向かっていくために
一切の雑念、また映像をこの腰の捻りで叩き切っていきます。

これが瞑想との大きな違いです。

最短距離で目標を発見させようとの老師の最大の計らいです。

【少林窟2日目】

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翌日2日目、もう体のあちこちが痛んでいます。
ストレッチを頻繁にやりながら。
休み休み五,六ラウンドの坐禅をやりました。

前日殻を破って意識が自由になった象徴として
土壁に穴があくのを見ましたが、
この日は
大地に亀裂が入り、大地がぼろぼろ崩れ始めました

3回目にはさらに地表が壊れていき、
とうとう
地球の表面と内部との境が無くなってしまいました。

坐禅の度に新しい世界が見えてきました。
これまで自分のやってきたことの意義や、
これから解っていく方向などが鮮明に見えてきます。

裏返しにされていたジグソーパズルのピースの一片一片が、
一枚ずつ表向きにひっくり返り、
徐々にそこに描かれている全体像が浮かび上がって来るようでした。

そしてこれがどうも人間の脳の開発のなされ方であるようです。

子供の時親から言葉を渡され、
言葉が物事の概念を構成していきます。

やがて概念どうしが体験によって繋がれ
情報のネットワーク化が進みます。

一つ一つの概念がコンピューターで言う
論理演算子の働きをする、神経シナプスが
体にできあがっていくようです。

情報のハイウエーが出来てくるわけです。

ところが我々のこれまでの神経システムは、
物質体験による物だけで構成されています。
それで脳細胞が一割程度しか機能していないわけです。

すなわち、かたわシステムです。

このかたわの神経システムが
人の脳の中に、ありもしない現実を描き出し
その妄想に苦しんでいるのが現代人
でした。

この不完全さに気づいた人は、
修正し大幅に神経網を拡大させていくことでしょう。

物質次元からしか真実を見ることの出来ない現代人は、
現象を平面的にしか捉えることが出来ません。
内在世界から物質次元を見直してみると、
我々の判断回路には相対的見方が備わっていないことが分かります。

全ての善し悪し、真偽は、実は相対的な物です。
正しさというのは
「この条件下にあっては正しい」
としか言いようがありません。

「こういう環境下ではこれが良い」だし
「ここから見たらこれが良い」となります。

ところが我々はそう言う風には教わってきませんでした
条件に関係なく
まるで良い物と悪い物があるように
錯覚しています。

条件を問うことなく、
何が正しいのかを問います

かつてアインシュタインが提唱した相対性理論は
「全ての物事は相対的であり、絶対的な物は何一つ無い」
という真理からスタートしました。

彼は宇宙を調べ尽くしました。
何らかの基準点を求めて。
静止している、基準となる物を探したわけですが、
発見したのは、

そんな物は無いという真実でした。

ですから
ある星の位置を特定することが出来ない
と悟ったのです。

星がどこかにあると表現する場合、
必ずその星を相対的に表現する為に
別の星を持ち出さなければなりません。地球の位置を表現するのに、
太陽からの位置を使うといった具合にです。

ちょうど心の世界もこれと同じです。

ということは
「あの人はいい人だ」という表現は全く適切ではありません。
「あの人はこういう状況下に於いてはいい人だ」でなければなりません。

でも我々はこんな思考には慣れておりません。
良い人か悪い人かを決めようとします

Aさんを評するに、ある人は「あの人ひどい人よ」と言います。
ところがもう一人は「そんなことはないわよ」と言います。

互いにその判断を下すための相対条件には触れません。
だから意見の食い違う人を変な人だと思います。

実際は
判断が違っているのではなくて、
判断条件が食い違っています

特定条件下での評価になれていない我々は
「坊主にくけりゃ袈裟まで憎い」式になってしまいます。

そこで
この瞬間的思考パターンの働きを改造する必要
が出来てきます。

21世紀の新人類の頭脳には、
全ての判断の前にその条件設定回路を通った上での
ロジックが形成されていることでしょう。

これから新世紀に入り、
今後どのようにして脳細胞が再構成されていくのかが、
坐禅の度に見え始めました。

もう幸せで天にも昇る心地でした。

やってくる情報量の多さに坐禅がしばしば中断されました。
凄い、凄い、と興奮の中で2日目を終えました。

【少林窟3日目】

————————————————————-

1日目、2日目と、
座れば座るほど情報が降り注いでくることに味を占め、
よしそれでは
今度は、これはどうなっているだろう、
これについて調べてみよう

こんな気持ちで3日目の朝一番の坐禅が始まりました。
とたんにさっぱりです。
なにも解りません。

それで気付きます。
また解ろうとしている自分が居た事が。

「えーい、もう止めた。
もう絶対に解ろうとしない。
解らなくっていい。
ただ呼吸に専念しよう」

こう決めて、解ろうとしている自分を解放してあげました。
その上で座り直しです。

一息、また一息、
丹念に全神経を、
ありったけの意識を細やかに呼吸に注いで
いきました。

3呼吸目ぐらいから第3の目
ぐいぐい開かれていくのが分かりました。

「おっと、そんなところに意識を持っていかない」
さらにぐいっと呼吸に意識を集めます。
ますます第3の目が活性化していきました。
いろんな映像が見えてきます。
それでも呼吸を離しません。
呼吸の中で静かに映像が流れていきます。
しばらく映像を楽しんだ後、
ゆっくりと腰をひねりました。

朝一番に受け取りたかった情報が昨日より一段と鮮明に、
細部にわたって意識に流れ込んで参りました。
不思議な物です。

また当たり前ともいえますが、
分かろうとする努力を手放したとたん
怒濤のように情報が押し寄せてきました。

呼吸が、楽に楽になっていました。
焦点が定まってきたようです。
ここで初めて解った事なのですが、
1日目、2日目はそれなりに
楽しんで坐禅をしていましたが、
それが創られていた物であったことに気づきました。
この日の幸せ感とは別次元の物でした。
それまでは、坐禅から得られる物を目的として座っていました。
すなわち成果を期待する心が隠れていたわけです。

1日目には「期待はしないぞ」という心がありました。
これこそが期待心から発していたことが解ります。

この時は只座りたくて座っていました
すなわち座ることが目的になっていました。
要は一番したいことをしている状態になっていたわけです。
ですから力みがありません
それをそのまま至福感として体験していたようです。

やはり自我さんは只座るというのは嫌いなようでした。
じっとしていることは退屈だという染みついた観念
が残っていたようです。
それで座りながら

「なんて俺は幸せなんだ、
みんな仕事をしているというのに、

 こんなところでのんびりと
只座っていられるなんて果報者だ」

こんな想いを持っていました。
この時初めて分かったのですが、
こんな想いも、根っこには
退屈はイヤだという想念が
隠れていたから
でした。

ですから
座るためには目的が必要だった
わけです。

そんな自我さんに対する人参が必要だったわけです。

それが期待感となって成果を狂わせます

このようによっく観察してみて初めて
奥の方に隠してしまっている想念が発見されます。

意識を拡散させる
様々な対象物に取り巻かれている日常生活では
なかなか発見できない代物でした。

この日の5回目の坐禅のことでした。
どうしても力が入りません。
集中が出来ないのです。

やってもやっても集中力が上がってきません。
「これはどうしたことだ」初めてのスランプを味わいました。
老師から、ここでは常に最低限の緊張が必要だと言われていたからです。

1日3回の食事の後、
老師への質問の時間がもたれます。

とてもとても楽になったのは良いが、
どうしても集中が出来ない
事を告げると

「只呼吸に任せてそこにいなさい。
本来始めっからある呼吸に任せ切りなさい」

とのお言葉にまた心のゆとりを取り戻しました。

初めは努力し、
努力し決して気を緩めてはいけないと言われていたからです。

努力し、そして最後にはその努力を手放し委ねる

「なーんだ、やはり私がこれまでやってきた事と同じじゃないか」
と安心したわけです。

道元の起こした曹洞宗(禅宗)を自力信仰と言い、
一方南無弥陀仏の親鸞の浄土宗を
他力信仰と聞いていましたが、

どうも全くの誤解のようです

親鸞のやり方も、道元のやり方も、
どちらも自力の使い方と、他力の使い方を兼ね備えていたようです。

どちらかを自力とか他力と決めつけるのも、
条件設定回路の構築されていない
古い頭脳独特の言い回し

であった事が分かりました。

先輩参禅者の中に一人
女性の落ちこぼれさん(失礼)が居ました。
老師が

「貴女も子供を産んでいたら、
母性本能の忍耐強さが培われて
この禅修行にプラスであったのだが」

と彼女に話したとたん憤然と口をとがらせて

「失礼ねー、私にだって母性本能はあります」

と老師にくってかかった。
老師がこの事態にどう対処するのか、
興味深く拝見させていただく事にした。
だが老師の話にちっとも説得されず

「私は黙って人の言うことに服従できるタイプじゃないんですよ」

とどんどん食い下がって私見を披露し始めた。

こういうケースは本来私の出番である。
「私ならこう言って彼女を楽にさせてあげられるのだが」
とだんだんじれったくなり始めている自分
を感じていた。

議論は一進一退なかなからちがあかない。

「私は私の修行に来ているのだ。
ここで私が口を挟むとはそれこそ私の私見の主張である。
それでは彼女の我見の主張と変わらない。
 ここでは只聞く修行に徹すべきだ。」

そんな想いに私は自分の意見を飲み込んだ。
だがもう自我意識は、議論をまともに聞いてしまい、
ストレスを感じているのが分かった

おまけに長時間同じ姿勢で座っている事によって
足が痛くなってくる。
こうなると彼女に対して

「いい加減私見は引っ込めろよ」

と言っている私の自我のせりふが聞こえてきた。

「これはまずいぞ」!

さすがは老師、言ってもだめだと分かると
さっと彼女を持ち上げ始めた。
このように引っかかって食い下がってくる人の話は
受け入れてあげるのが一番。

定石通り彼女は静かになった。
私はすかさずチャンスとばかりに聞いてみた

「今、方丈の感情は動いたのでしょうか」

「いいや、そこが禅の強いところよ、
 彼女と話している事実は瞬間瞬間に切れている
 今彼女と話している。
 そしてぱっとこちらを向いたら瞬間
 今度はこちら事実しかここにはない
 全くあとはひかんのじゃ
 瞬間を見極めたら誰でもがこうなれるのだよ」。

「うーん、さすが!」。

私はさらに禅に興味が湧いてきた

「早くその瞬間を体得したい物だ」と。

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・・・・少林窟道場坐禅体験記 2/3 につづく

少林窟道場
http://shorinkutsu.com/

続・坐禅はこうするのだ―少林窟道場参禅記
by カエレバ

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