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「死」を超越したところに「不死」がある

友人が亡くなり、両親が病に臥せっている。
いよいよ死を学ぶ時期がきたのだろうか。

アタマでは理解しているけど
ハートのチャクラがギューっとなってる。

にんげんだもの(笑)

すべてを受けとめる勇気を。
エックハルト・トールさんの言葉を胸に、
死という旅立ちを喜べるように・・・

「死」を超越したところに「不死」がある

死は、現代文化が暗示しているような、特殊なことでもなければ、
人生の中で、もっとも忌むべき出来事でもありません。

それどころか、

死は、この世の中で、
その対極に位置する誕生と同じく、
もっとも自然な現象であると同時に、
誕生と切り離すこともできないのです。

死を迎えようとする人の側にいるときには、
この事実を自分自身に言い聞かせましょう。

誰かの臨終を看取る、というのは、
大いなる特権であり、神聖な行為です。

死にゆく人のかたわらにいるときには、
その経験のどんな側面も否定してはなりません。

起こっていることも、その出来事にまつわる感情も
否定しないことです。

自分はなに もしてあげられないという事実から、
無力感におちいったり、あるいは、
悲しみや怒りの気持ちに駆り立てられたりするかもしれません。

それでもなお、自分が感じる気持ちを、ありのままに受け入れるのです。

そのうえで、さらにその一歩先のステップ に進むのです。

誰かの死について、自分にはなにもできない、という事実を受け入れるのです。

この事実を完全に受け入れてください。

わたしたちには、形態の死をコントロールすることはできません。
その経験のすべての側面を、心の底から手放すのです。

自分の感情はもちろん、死にゆく人が経験しているかもしれない、いかなる痛みも不快感も全部ひっくるめて、手放すのです。

あなたの放下の意識と、そこから生ま れる静寂は、死にゆく人を大いに勇気づけ、変容を容易なものにするでしょう。

その とき言葉が必要だとしたら、それはあなたの中の静止状態から生まれるはずです。も っとも、言葉はあくまでも副次的なものに過ぎません。

そして、その静止状態からは、「平和」という祝福がやってきます。

世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え
 エックハルト トール

「死」を超越したところに「不死」がある P194

https://goo.gl/TdMRRg

twitterの賢者に癒やされる

twitterのみなさん、いつも叡智をありがとう。
twitterはハイヤーセルフからのメッセージですね。

自分のハートのセンターに意識を向け、
自分でそこに愛を贈ります。

相手が今どう思っているか
に意識をおくのではなく、

相手がどういう状態でいるか
に意識をおくのでもなく、

自分が輝けること
に意識の焦点を振り向け、
今そこで光るのです。

いつもあなたのすることはそれだけです。

(津留晃一)

ギューっとなってるハートに愛を送る・・・

すべて必要な体験。

押し込めないで、しっかり感情を感じるようにしよう。

常に全宇宙が助けてくれている。大丈夫。

すべては過程。続きがある。きっとハッピーエンド。
いやエンドはないかw
存在に終わりはない。

思い詰めちゃダメだ。すべて愛なんだし、現象は幻想だ。
「苦しい」も楽しもう。

自我の抵抗を味わおう。

あそっかw

感想

自分の感情を出すのが苦手なんだなと改めて思った。

こんなときは悲しい歌を歌って泣こう。
ボクは歌うと泣けるんだよね。

読んでくれてありがとう。
愛が伝わってくる。気がする。
癒された~

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