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不足を作り出して、充足感を再確認している。

長者窮子のたとえみたい。

854 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2011/05/05(木) 14:00:23 GFh/pelI0

自己観察さんのレスを読んでいて気づいたことがある。

そのレスとは「自分が認められていない自分に気づく」みたいな感じのやつ。

俺はずっと今の不遇の現状を何とかして変えたい、
願望を叶えたいと今までがんばってきた。

しかし、気づいたのは、
心の奥底では俺はその不遇の状態を楽しんでいる
ということだった。

不遇の状態にある自分のことが結構好きでもあった。

悲劇のヒーローっていうやつなのかな。

制限や不足や壁や問題も、
それら自体を心の表面では嫌悪しながら、
奥底では楽しんでいたよ。

そういう不遇が実は好きなことを認めたら、
嬉しくてウキウキして力が漲ってきてしまった。

そういう一連のことに気づけた時、
本当に愛しかないんだなって感じた。

変な話だけどさ。

例えるなら、
金持ちの息子が、今日たまたま手持ちが500円しかなくて、

友達に「俺今日500円しかないから、貧乏だわー」
と笑って言っている。

金持ち息子は自分が貧乏ではないことを良く知っているから、
それをギャグとして言えるわけ。

家に帰ればいくらでも、金はあるし。

そんで、いつもは大金持っているから、
欲しいものはなんでも買えるけど、
その手持ちがない日だと、あんまり何も買えない。

そこで「不足」を体験するわけだけど、
金持ち息子はそれがウソで、一時的なものだと知っている。
だから、楽観している。

そうして、次の日大金を持っている息子は
好きなものなんでも買えて、

今まで当たり前だったとことに、
軽い幸せを感じてしまう。

不足を軽く経験したおかげで、その充足感を味わえたわけだ。

で、もっと強くそれを感じたいと思い、


いつしか本当に自分が金持ちであることを忘れてしまい、

いつしか金持ちになりたいという願望を持つことで、
金持ちではない現実を無意識に支え

最後の最後に、
「あぁ、全部自分が作ったことだったわ」
と笑って気づくみたいなね。

分かりにくい例えですまん。

【付録】長者窮子の譬え
(ちょうじゃぐうじのたとえ)

幼い頃に父親のもとから家出して、20数年もあちこちをさまよいながら貧しい暮らしをしてきた男がいました。

父親は我が子を捜し求めていましたが、遂に見つからずある町にとどまって生活し、そこで長者となり、豊かな生活を送っていました。

しかし、その長者の心の中から幼いころに別れた息子のことが離れることはありませんでした。

息子は日々の生活の糧を得るためにあちこちをさまよい続けましたが、いつのまにか父である長者が暮らす町へと足が向いていました。

息子はその町に入ると、長者の家で生活の糧を得ようと様子を見に行きました。ところが陰から長者の様子を窺うと、あまりにも高貴であり自分とはかけ離れた様子に驚いてしまい、『ここは私のような者がくるところではない、もう少し身近なところで稼ごう。ぐずぐずしていると無理やり捕まえられて強制的に働かされるかもしれない。』と逃げ出そうとします。

長者はその男の姿を見ると、一目で家出した息子であることに気づきました。そして使いのものにその男を連れてくるように命じます。

 ところが男の方は、捕まえに来たと思い込み、驚きのあまり気絶してしまいました。

その姿に落胆した長者は、その男を目を覚まさせて解き放ち、自由にさせるように命じました。

男はホッとして、出て行きました。

 長者は息子のことが忘れられず、使いを遣わしてこう話させます。

『いい仕事があるけどやらないか。仕事は便所掃除やゴミ掃除だが他より倍の手当てが出るぞ』

この話に飛びついた男は、長者の家に住み込みで下働きをはじめます。

長者は自らも下働きに身をやつし、男と一緒に仕事をし、さまざまな話をしながらまじめに働き続けるように諭します。

そしてしばらくして、男がきちんと仕事ができるようになると、長者のすべての財産を保管してある蔵の管理をまかせ出し入れも管理させるようにしました。

男は長者の財産すべてを把握し、理解しましたがあくまでもそれは長者のものであり、自分には関係のないものだと思っています。

さらに時がたち、長者は男の心から卑屈さもなくなり、自分の寿命も残り少ないことを知って、多くの人を招き、さらに男も呼んでこのように宣言します。

『この子は実は私の子供です。20数年も前に離れ離れになっていましたが、この地で再会したのです。私の財産はすべてこの子のものなのです。』と!

男は驚くと共に、長者が時間をかけて自らの心を整え、すべての財産を譲り渡そうと常に願っていてくれた事に気づき、心に大歓喜をおこして父親に感謝するのです。

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