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「小我と大我」の関係

今朝電車の中で
「小我と大我」の関係の比喩を思いついたw

それは

「二人羽織」

小我は見てるほう。

大我は見えないけど手を動かす方。

小我は「判断」したり「五感で3次元を感じ取る」ことができるが、無力。

大我は「3次元が見えない」けど、小我の指示通りに、何でもできる。

小我は意識の方向を決めるだけにつかう。

小我があれこれ思考するより、
こうなりたい、という感覚、イメージをいまここでする。
そうすると、後ろの人が手を動かして現実化してくれる。

どうでしょう・・・w

おでん食べたい!みたいな方向だけイメージして、
後ろの手の人のタイミングで、おでんを食べさせてくれる。

でも無意識に

「あっついおでんを目にぶつけてきませんように」

みたいなイメージも持っていると、後ろに人が

「あっついおでんを目に入れるのね、ラジャー」

みたいになってしまうwwww

美味しいは美味しいけどおいしいの意味が違うwww

小我は何もできない。何も達成したことはない。
そう津留さんは言っていました。

考えるより、感じたことを大切にしようとおもいます。

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