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【祝福】「心配」するのは「愛」じゃないかも

なぜか僕は「心配」が嫌いでした。
するのもされるのもなんかヤダ。

とか言ってると変人でしかない(笑)

そのへんがスッキリするメッセージが届いて救われました。

この本です。

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心配は「愛」じゃない

個人セッション中に、クライアントが自信の心配している相手について話すことがよくある。医療的、金銭的な問題を抱えている子供や親、あるいは友人がいるのだろう。

彼らは、その人への尽きない愛の証拠として、
朝から晩まで心配していると言う。

「あなたを愛しています」という意味で、
「心配してたのよ~」と言ってくる親戚のおばちゃんとかいますよね。

それは、普通にありがたいし、悪いことではない、
と感じるのが常識でしょう。

むしろ、
「心配はいいことだ、心配してあげないなんて冷たい!」
くらい。

だが、誰かのことを大切に思うなら、
心配は相手に送ってやれる最悪のエネルギーだ。
思う方は最も暗い結果を思い浮かべていることが普通なので、
恐怖や限界をそのまま伝達するのだ。

「心配している」

=「悪い結果が起こるかもしれないと思っている」

きっと上手くいくとは「信じてない」わけです。

君の限界はそこまでなんだから上手くいかないよ。だから心配だ。

相手の限界を勝手に決めて、そのイメージを送る。

「心配」は、ほぼ「呪い」です。

心配は「ドス黒いプレゼント」

そのため、良かれと思ってであっても、
心配は哀れな受け取りてのエネルギー場を負の波動で覆う。

「あなたを思っています」と記した黒い速達便に、
ゴミやカビ、それにいくらか頭蓋骨が入っている
のを想像してみるといい。

それが、心配だ。

「心配」は「ドス黒い恐怖と不安が入ったプレゼント」だ。

これは「おそれから発するエネルギー」であり、愛ではない。
その人は「自分の心配、恐怖を投影しているだけ」なのだ。

こちらが意図せず送った恐怖心をかき分けて道を歩ませるような真似を、なぜ愛する人にさせなくてはいけないのか。

「心配」より「祝福」を

でも愛する人を心配してしまうものです。

どうしたらいいのか?

だからそれよりは、心配が出てきたらすぐ祝福を送るようにするほうが誠実だ。

ただその人を思い浮かべて、
光と幸福で満たし、
平和で満ち足りているのをイメージする。
来る日も来る日もイメージする。

それがどんな愛する人にも思いの上でしてあげられる、唯一最も役立つ贈り物だ。

簡単ですね!

心配から祝福に移行するのに必要なのは、練習だけだ。

だから、送るといい。

愛する人へ、見知らぬ人へ、敵へ、動物へ、地球へ祝福を。

そしてもちろん、あなた自身へ。

無差別多発祝福を!

ありがとうございました。