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【バシャール】「感情」は自分の観念を知るためのヒント【ケーススタディ】

バシャールによれば、

感情は自分の観念を知るためのヒント

だということで、感情から観念を探ってみました。

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ここでいう観念とは

観念とは「Belef」の訳で、信念とも訳されます。

Belief  (be・lief 名詞)
「信じること、信念、確信、信仰、信条、信用、信頼」

意識的なら「信念」、無意識敵なら「思い込み」などといえますね。

私は「固定観念」と呼ぶとしっくりくる気がしてます。
この、

自分の「固定観念」に気づくこと

が大切です。

ポジティブなもの、ネガティブなもの、
どんな感情でも、すべての感情は
まず自分が信じ込んでいることから生まれます。

最初に観念がなければ、感情は生まれません。

観念とは、「感情をつくるもの」と定義できます。

「未来は、えらべる!」P57~

何も信じていなければ、
何も定義していなければ、
感情は生まれないのですね。

この問答がわかりやすかったです。

B:あなたが何かについて信じていなければ、
決して、感情、エモーション、思考もなければ態度も示しません。
定義がなければ全く何も感じないのです。

B:わたしが、「カンドゥラク タシュウ ボランタゼェ
と言ったらどう感じますか?

Q:何も感じません。

B:それについて何も定義していないからですよ。

Q:はい。

B:定義すればすぐに感情が起こってきます。
もしそれが、あなた達の言語で
「わたし達はいつも無条件にあなた方を愛しています」
という意味だとしたら、何か感じ始めますね。
なぜなら、定義しているからです。

Q:ええ。

B:簡単ですね。
もし、感情が起こったら、それに関係する観念を探ってください。
どんな感情、思考、態度であれ、
どのように定義し信じているかによります。

バシャール/観念のしくみとトリック

バシャール 動画 文字起こし
http://torim2123.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-dca9.html

たしかに。
なんの定義もしていない、つまり、何の価値判断もしていない。

それなら、好き嫌い、良い悪い、快不快、などのジャッジがでてこない。

だから、気持ちは動かない。
わけが分からず、キョトーンとするだけ?(笑)
つまり感情はうごかない。

信仰心の深さは自分の感情でわかる

観念とは世界観、宇宙観といえるでしょう。

だからその人の、信仰心、宗教観、とも言えると思います。

感情は、「自分と人生、自分と創造主との関係はこうに違いない」とあなたが信じている思い込みから、直接生まれてくるのです。

たとえば、自分と創造主との関係に対して、あなたが疑いや不安を持っていたとします。

疑いや不安は、真実の自分とつながっているときは持ち得ない感情です。

ですから、そういったネガティブな感情を持つこと自体が、そもそも、あなたが真実の自分からズレた観念を持っているということを端的に表しているのです。

仏教的にいうと

「真実の自分(仏性)からズレた(転倒した)観念を持っている」

いや難しいっすね~

信じてるとは、信じられないほど、信じてること。

それを暴き出す。

楽しいね。

したがって、それらの感情に対処するためには、
自分で自分に訊けばいいのです。

「この感情を持つために、自分はどんな観念を持っていなければならないか」と。

そうやって、自分に訊き、ひとつひとう理解していけばいいのです。

自分がどんな観念を抱いているか、
感情を使って探り当てることができます。

観念が見つけられれば、その性質や構造を理解することで、
それを変容させることができるのです。

その後、観念を新しくすれば、自ずと感情も変わります。

「未来は、えらべる!」P57~

そしたら、「感情」からさかのぼって、観念を探してみますか。

ケーススタディをしてみる

私のよくある日常の感情の純情

「私は、通勤中に、列の割り込みされると、
すごく腹が立ってしょうがないです。」

というケース(小さい人間ですね~w サーセンw)

この場合の感情=「怒り」「イライラ」ですね。

1「この感情を持つために、
自分はどんな観念を持っていなければならないか」

どんな観念を持っているかな?

・ルールは守らなければならない。(社会から与えられた価値観)

・ひとの迷惑になることはしてはならない。(社会から与えられた価値観)

・自分の思い通りにならなければならない。(エゴ?)

・怒ることによって、そいつに精神的ダメージを与えたい。(アドラー的目的論より)

・いうなれば、ルールを守ることは善である。

・もっというと、世の中には善悪という2つの価値が実体として存在する。

いろいろ出ました。次はそれぞれを深読みして分解してみましょう。

2「性質や構造を理解することで、
それを変容させることができる」のか

・ルールは守らなければならない。

→そのルールはどこからきたのか。数秒遅れるだけじゃないか。
→直線的な時間というものが存在すると思い込んでいる!?

・ひとの迷惑になることはしてはならない。(社会から与えられた価値観)

→人間はみんなで協力し合って生きていくのだから迷惑かけてもいいんじゃないの?
→迷惑をかけて怒られることへの「恐怖」から来ている!?

・自分の思い通りにならなければならない。(エゴ?)

→これはまあ… ダメでしょw
→真理への無知からくる無明、生物的な防衛本能、
→「恐れ」「不安」からくる自己防衛!?

・怒ることによって、そいつに精神的ダメージを与えたい。(アドラー的目的論より)

→善と悪があるという思い込み、自分は善だという思い込み
→相手をコントロールしたい欲求。コントロールできるのは自分だけだよ。

・いうなれば、ルールを守ることは善である。

→善と悪があるという思い込み
→ルールというものを絶対視する思考停止
→ルールを守れば安心、といことは、その安心とは、不安から来る欲求でウソ。

・もっというと、世の中には善悪という2つの価値が実体として存在する。

→善と悪があるという思い込み
→出来事は中立で、実体としてはポジティブネガティブは存在せず、自分がどう受け取ったかで決まる。自分がポジティブな意味づけをするか、ネガティブな意味づけをするか。


…起きたことに意味はありません
「起きたことにどんな意味を持たせるか」

によって、その出来事から受け取ることが決まるのです。

(中略)

出来事はすべて中立で、何も意味を持ちません。

ある出来事を引き起こしたかんがえがなんであれ
それを体験している瞬間に、
その出来事にどんな意味を与えたか」が、
そこから自分がどんな影響を受けるのかを決めます。

「未来は、えらべる!」p79

まとめ

目の前に起きる現象はすべて中立である。

仏教的に言えば「無機」でしたっけ。

それをベースに考えれば、
その出来事を

ポジティブに捉える自分なのか
ネガティブに捉える自分なのか

受け取った意味、
そして
沸き起こる感情は

自分から出てきたもの

ということです。
鏡なんですね。

すべて自分。

そしてそれを分析すれば、

自分の固定観念、思い込みに気づけます。

固定観念が現実(という経験)をつくるなら

すべてをプラスに変えられる。
未来もプラスに変えていける。

う~む、まさに仏教から得られたメッセージと同じでした。

自分の思い込みをあらわにしていきたいと思います。

ありがとうございました。