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「すべてが無価値」とは

原始仏教の「無価値論」から考えてみたらすべての執着をなくすコツがわかってきた。

現世が方便でしかない、ということは

→現世のカタチにこだわっても「無意味」

→現世のカタチなど「無価値」

→善悪などの価値こそが固執の原因

だから、すべて無価値

→恐怖がない

→争う必要がない

→涅槃寂静、悉有仏性

  • 争う必要がない

  • 失敗という概念がない

  • 恐怖から行動しなくてよい

  • 惹かれることをやり、惹かれる場所に移動する

「すべてが無価値」とは

「すべてに価値がある」とも言える。

そう考えると理解しやすいね。

地涌の菩薩はあらゆるところにいますね。

コメント

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